フランスに関するありとあらゆる情報を載せています☆

プロフィール

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初めまして。サイト運営者のよっしー(@YMallier)です。

こちらのページにお越しいただき、ありがとうございます。

私は2010年よりフランスに在住で、現在、フランス人の夫と2人の娘、猫と一緒に暮らしています。

このブログを作ることになったきっかけについて書いてみますね。

フランス行きのきっかけ

yjimage私は、地元の大学で学生時代を送ってた頃、将来のことにものすごく悩み、ふとしたことからフランスに行くことに興味を持ちました。

なぜフランスだったかと言うと、日本でみんなが思い描いているような綺麗で華やかな『おフランス』のイメージがあったからです。
(実際に行ってみると、それはウソだったとすぐにかき消されることになるのですが・・汗)

このまま就職したらダメだ!と言う思いが強く、色々と考えたのですが、旅行よりも長期で滞在してみたい!日本だったら仕事を始めたら時間がなくなるかも長期で休みなんて絶対とれないから学生のうちに行かなくちゃと言う考えに至りました。

それからは、大学でその国の言語の授業を取り、語学学校に習いに行き、それでも足らず、個人でも授業を受けていました

とりあえず、準備を始めたのです。

そのころ、うちの大学が、フランスのとある大学と提携校になることになりました。

これは利用しなくては!!と応募をしました。

見事に当選し、1年間交換留学として行けることになりました。

そこで出会ったのが現在の夫となるフランス人の彼です。

付き合うことになったのですが、私は交換留学生。

1年経つと、日本に帰ることになりました。

距離は遠いし、海外に住むという選択肢もなく、彼も日本に来る予定はなく・・。

しかし、別れることも出来ず、とりあえずは日本に帰りました。

日本に帰って、学業を終えた私は就職しました。

まだ学生だった彼とは、電話やメールでやり取りすることに。

そして、彼が休みの時に日本に遊びに来て、私が休みの時に彼の国に遊びに行く・・・。

会えるのは年に2回ほど、という、まるで織姫と彦星のような生活が、4年ほど続きました。

そんなうちに彼がパリで就職し、いつしか結婚の話が出るように。

本当は、いきなり結婚よりも一緒に暮らすとかした方がよかったのでしょうが、私は典型的な昔ながらの考えをもつ日本人で(私の親も周りもそうでした)、結婚せずに同棲とか言うことが全く考えられなかったんです。

しかも、外国人同士、近くに住むとなるとVISAの問題も出てきます。

VISAがないとフランスに住むことは出来ません。

だから、彼の近くに引っ越す=結婚しかありませんでした。

彼はパリで就職したので、結婚するならパリに行かなければなりません。

私は、日本での社会人生活を謳歌していました。

彼と殆ど会えないので、友達と仕事帰りに飲みに行ったり自己啓発の勉強をしたり、習い事をしてみたり・・。

寂しいのが嫌で、とにかく毎日色んな予定を入れて楽しんでいました。

パリに行くと、人生が変わる。

そもそも、ずっと遠距離だったのに、うまくいくんだろうか・・・??

悩みました。

悩みに悩んだ私は、母に相談することにしました。

私と母はとても仲良しで、一緒に話していると、何時間でも何十時間でもずっとずーっと話が止まらないんです。

「彼と結婚しようか悩んでいるの。でもパリに行くことが不安で」

すると母が言いました。

「人生、いつ、何が起こるかわからないんだよ。
私だって、癌になるなんて考えてもいなかった。
けど、癌になって、こうやって治って、今は元気にやってるよ。
人生、一度きり、後悔がないようにやりなさい」

母の言葉は重かった。

そう、母は数年前に胃癌になったんです。

他の病気があって、入退院を繰り返していました。

それで、ある時、その病気の検査のために胃カメラを飲むことになったんです。

たまたま、癌が見つかって・・・。

身体はしんどくても、気持ちはいつも元気な母。

私の方がいつも励まされていました。

そんな母の言葉だったんで、重たかったです。

でも母のお蔭で、パリに行く決心ができました。

実は、彼は日本と関係のある会社で仕事をしていました。

日本への転勤の可能性もあったので、数年後には日本に戻れると思っていました。

友達たちにも「数年したら戻ってくるからね~」と言って、沢山お別れ会もしてもらいました。

数年間だけの限定で、フランス生活も悪くないかも!

そして、職場に辞めるということを伝え、パリに向かいました。

渡仏後に知った衝撃的な事実

6c92af0ea6eb541f7b5dc174a0b9398eフランス人の彼と結婚するためにパリに向かいました。

結婚する相手なのに、会うのは1年近くぶり。

空港まで迎えに来てくれ、一緒に彼の家に向かいました。

しかし、家について、彼から衝撃なことを聞かされました。

「仕事辞めたんだ・・・」

なんと、1か月前に仕事を辞めていたのでした。

そのお仕事は、日本と関係のある仕事で、将来的に日本に行く可能性もあるものでした。

ただ、職場がパリで(彼が住んでいたのは田舎町)通うのに、往復4時間くらいかかっていました。

そして、人間関係も最悪だったそうです。

ずっと悩んでいたのに、私には話せなかった、と言われました。

田舎町に住んでいて、私が引っ越して来たら、パリの近くで家を探そうという話になっていました。

仕事も辞めて、パリに来たのに・・・頭をガツーンと殴られたように感じました。

母に電話して相談しました。

すると・・・。

「あんたね、結婚というのは楽しいときも辛いときも一緒に頑張るってことなのよ。
早めにつらいことがあって良かったじゃない。
頑張りなさい」

本当は、日本に帰ろうと思ったんです。

心の中で、多分、母は「まぁ、なんて最悪な相手なの。そんな人と結婚なんてさせないわ」と言うかなって期待があったんだと思います。

他力本願なんですが・・。

自分の中でパニックになっていました。

でも母にそう言われて『そうか・・・』って自分の中での迷いが消えました。

母はずっと父と仲が悪かったんですね。

離婚しそうだったんですが、そんな時に母の癌が見つかりまして、それから2人の関係は変わりました。

今もよく喧嘩していますが、基本は仲良くやっています。

だからこそ、の言葉なんでしょうね。

その後、夫はとりあえず稼がなくては、との思いから彼の地元である田舎町で、仕事を見つけました。

しかし、選ぶ余地がなく、とりあえずで選んでしまったので給料は最低賃金でした。

私も仕事をしなくては、と思い、履歴書をいっぱい送っていましたが、全然見つからず・・。

田舎町と言うのもあるのですが、言葉の壁もあり、なかなか難しかったです。

フランスは日本と比べて、バカンスが多く、年間数週間ものお休みがあるんです。

夏に3週間だとか、冬に2週間だとかとる人が多いのですが、その時期になると皆旅行に行くんですね。

バカンス時期が近づくと「どこに旅行に行く~?」という話で盛り上がります。

しかし、うちは・・・お金がないのでどこにも行けません。

いつも虚しい思いをしていました。

お金がすべてとは言いませんが、お金がないと、喧嘩も増えるんですね。

それと、日本では仕事をしていたし、美味しいものを食べるのが好きな私は週に何回も食べ歩いていたし、友達と旅行に行ったりと独身を謳歌していました

それが、フランスでは言葉もままならない仕事も見つからない、そして、冬はずっと雲っていて天気も悪いし、とにかく寒くて・・数年間は自分の居場所が見つからずに本当にしんどかったです。

もともと、パリに住むつもりだったし、数年たったら日本に帰るつもりだったし、自分の中で結婚に対しての心構えも低かったんだとおもいます。

結婚して、わざわざフランスまで来たのに・・と言う思いが、数年間ずっとあったような気がします。

人間関係にも悩んでいた

人間関係フランスに引っ越してきた当初、無料の語学学校に通っていました。

そこで出会う人は、色んな国の人たちで、同じようにフランスに引っ越してきたという人が多かったです。

やはり海外に住む外国人同士、フランス人にはわからない苦労と言うものがあり、意気投合しました。

そしてたまに会うようになったのですが・・・外国人は基本的に時間にルーズなんですよね。

約束をしていても、当日になっても連絡が取れず、とれたと思ったらよくわからない理由でドタキャンとか、しょっちゅうでした。

あと、遊ぼうと約束しても結局連絡が取れないとか、明らかにその場の雰囲気で適当に言っているんだろうなと言うこともよくありました。

フランスに移住してきて、どうにか友達を作らないといけないと一生懸命だった私は、そういうこと全てに一喜一憂していました。

また、私が住んでいたのは田舎町でしたが、日本人も数名住んでいました。

日本人と言うだけで仲良くしないといけないという気持ちが当初はあり、新しい人が来たらみんなで集まったりと言うことがよくありました。

はっきり言って、共通なのは日本人と言うだけ!です。

日本に住んでいたら、日本人と言うだけで皆と仲良くなんてできないのに、フランスにいる日本人というだけで集まってお茶して、他愛もない話をしてたんですね。

あと、これは日本人独特じゃないのかなと思うのですが、日本人ってとにかく人の事が気になる人が多いような気がします。

田舎町で、パートナーがフランス人で、仕事をしてない日本人女性が殆どだったので、暇だというのもあるのかもしれませんが、○○さんの旦那さんはどこで働いている、とか、○○さんは日本に帰ったとか、どこに旅行に行ったとか、結構噂でまわるんですよね。

新しく来た人とか、会ったこともないのに、多くの人がその人の情報を知っているんです。

なんか怖いですよね。

しかも、噂だけで『○○さんってこういう性格』と言う話もまわったりするんです。

今は『日本人だから会う』と言う考えはやめて『会いたい人にだけ会う』と言う考えにかえました。

そして、『皆と仲良くする必要はなく、気が合う人とだけ仲良くする』と言う風にすると、ストレスが全くなくなりました。

誘われたら行きますが、必要以上に人と会うこともなくなったし、逆に会いたい人とだけ会うようになったらすごく生活が楽になりました。

自分の中でこうじゃなければいけないというものを決めていたんだとおもいます。

それを全くなくすと楽になりました。

海外生活は孤独

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昨年、母方の祖母が亡くなりました。

数年前に脳梗塞をしてずっと施設には入っていたのですが、なんとなく、細々と祖母は長生きするんじゃないかなと思っていました。

数か月前に日本に帰った時に会うことが出来、本当はもう一度会いに行きたかったんだけど、次女が体調を崩してしまい、私たちだけお留守番で、また来年帰国するからね、ということを母から祖母に伝えてもらいました。

しかし、急に体調を崩して、祖母が亡くなりました。

何の予兆もなく、母から連絡があった時は祖母が亡くなったという報せでした。

母自身も、そんなに急にこんなことになると思ってなかったみたいで、バタバタし、結局事後報告になってしまいました。

その報せを聞いたときに、私はすぐに「日本に帰る」と言えませんでした。

飛行機のお金のこともあるし、子供たちのこともあるし、お葬式に行けなかったんです。

すごい自分の中で後悔だったんでしょうね。

お葬式の時、こちら時間では夜中だったんですけど、私は夢を見ました。

祖母が霊柩車で運ばれるところに私が遅れて着くんです。

私はものすごく泣きながら「お婆ちゃん、ごめんね。来れなくてごめんね」って言いながら車に近づき、中を覗いたら母も涙を流していました。

その瞬間に目が覚めたのですが、現実でも涙を流していました。

ふと、お葬式どうなったのかな?と思って、すぐに母に電話をしました。

『丁度、いま、火葬場で焼却炉にお婆ちゃんを入れて火をつけたところだったよ。

その瞬間にあなたから電話がかかってきたからビックリした』

人って魂になった瞬間にどこにでも行けるらしいです。

もちろん、こういう話は信じる信じないってあるとは思いますが、私は祖母がすぐに私のところに来てくれたんだとおもいました。

祖母のお葬式に行けなかったことがものすごく後悔で、今は元気なうちの両親の最期はどうなんだろう?と言うのは常に頭の中にあります。

こちらの日本人の知り合いたちと話していても、そういう話題はよくのぼります。

できる限りのことはしたい、そのためにも、精神的・経済的な自立はしておきたいというのが私の思いです。

ブログのコンセプト

色んな方と話していると、皆さん同じようなことを考え、悩んでいる気がします。

そういった経験から、みんなの役に立つサイトがあったらいいなと思い、こちらを立ち上げました。

お役に立てたら幸いです。

自分の資質を知りフランス人女性のように我儘なまま自分らしく生きる方法

 

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